2005年3月16日
讃岐の国最初の札所は標高1,000m近い山のてっぺんにある。その名も雲辺寺。「雲の辺りの寺」とはよく言ったもので、全札所の中で最も高い場所に位置している。
それ故、前日に登山道近くの民宿に一泊し、朝早くに登山を開始する、というのが、この札所を攻略するための最も一般的な方法なのだそうだが、道後でコンビを結成して以来飛ばしに飛ばしてきた僕らは、ここでもとんでもない合宿計画を実行しようとしていた。
朝5時半、伊予三島の宿を出発した僕らは、まだ暗闇の残る街を65番札所三角寺目指して歩いていった。
直前まで全く知らなかったのだが、この札所も実は標高500mに位置しており、早朝からえっちらおっちらと坂を登って行く。
『勝手に飛ばすな。あとでバテるいうたやろ』
ついついテンションがあがり先走ってしまった僕を林が叱る。彼曰く、最初に飛ばしすぎると必ず後半ペースが狂うらしい。
朝7時。65番札所で一番に朱印を押してもらい、今日の本丸である66番札所へと向かう。
登山道入り口までおよそ13キロ。13キロも歩いたのちに1,000m近い高さまで登るというのだから、なんともバカバカしい行為である。別に時間はたっぷりあるんだから、門前に泊まって明日登ればいいのに。
5キロほど山の中の細い車道を歩くと、椿堂という小さいお寺に到着した。ここは番外二十番霊場の一つ。昨年出会った金本兄貴は番外霊場制覇を目指していたが、果たして達成できたのだろうか。そして、途中出会ったお遍路仲間たち、は無事に結願することができたのだろうか。あれから一年。もう少しで、僕も彼らに追い付くことができる。
思い出に浸っていると、前方にトンネルが姿を現した。ここを越えれば、いよいよ最後の県、讃岐の国こと香川県へと入るわけである。
愛媛でも本当にいろいろなことがあった。
鬱になり、もう歩くのが嫌になり、顔も知らない宿のおばさんに叱責され何とか自分を取り戻し、松山まで40キロを根性で歩き切り、そこで出会った若者遍路とコンビを結成し、雪にも蜃気楼にも負けず突っ走った。
徳島、高知とはまた違った苦しみ、楽しみを経験し、一回りも二回りも成長できたのではないだろうか。
トンネルの出口が近づく。
さようなら伊予の国、愛媛県…。
そして僕たちは、ついに最後の県、香川へとはいr
『おい、あの看板見ろって!徳島県って書いてあるぞ!』
「なに!!」
…。
愛媛に入る時にはじわ~っと微妙な雰囲気になっちゃったから、香川ではビシッと感動的に入ろうと思ったのにさ…。また微妙な入りになっちゃったもん…。
実は、66番札所は香川と徳島のちょうど県境にあり、その登山道は徳島県側にある。つまり徳島県を一度経由しないことには、香川県に入れないのである。
さすが、昨日まで香川に入ることを知らなかった二人。ちゃんと調べておこうよ。おかげでここでもすっかり大恥だよ。
兎にも角にも、午前中のうちに登山道入り口にたどり着いた僕たち。しかし、本日の合宿、本番はここから。
現在地からてっぺんの札所まで、距離にして3キロほど。しかし、その3キロで1,000mの高さまで登り切らなくてはならない。ちなみに、現在地の標高が300mくらいなので、頂上とは700m近い高低差がある。
700mの高低差をわずか3キロの距離で歩く。これは、相当急な坂が続くことを意味している。
『四国遍路バックパッキング』という本がある。前にもちょっと紹介した四国遍路をアウトドアの面から見た斬新な本なのだが、そこには、66番札所への登山道のことがこう書かれていた。
『あまりの急坂に涙が流れちゃう!』
僕ら二人は、この文を読んですっかりビビってしまっていた。何せこの本の著者はアウトドアの達人なのだ。その達人が泣くぐらいの急坂である。アウトドアのアの字も知らない僕らがそんな急坂を登り切れるわけがない。
そして、今日の合宿計画の本当につらいところは、「66番札所がゴールではない」ということなのだ。
どういうわけか、66番札所には宿坊がない。当然ながら民宿もない。一番近い民宿は、札所から10キロの場所にしかない。つまり、1,000m級の山を登ったのち、さらに10キロ歩こうというわけなのだ。
伊予三島から早朝500mの山に登り、その後アップダウンの激しい交通量の多い国道を13キロウォーキング!
その後、1,000m級の山でハイキング!
登り切ったら、宿までの10キロを再びウォーキング!
これが今日の合宿計画の全貌である。もう何がしたいのかわからない。
『よ、よおし。いくか…』
「うん…」
自分たちで立てた合宿計画に今になって気後れする二人。おそるおそる登山道へと入っていく。
「うわあ、こりゃきついぞ…」
のっけから急坂は僕たちに牙をむいた。今まで登り始めからこんなに急だったことあったかしら?もうほぼ直角じゃないか…。なんとかしがみついて登って行くけど、これがあと3キロ続くかと思うと…。
『生きてるか!』
「いかん…。先行ってくれ」
登り始めて15分ほどで僕はダウンした。というか急にお腹が痛くなってきたため、急いでビバークポイントを探す。実は緊急ビバークはこの旅三回目。あんまり詳しい描写は食事中の方もいらっしゃるかもしれないので避けるけど、どういうわけか山を登り始めると腹が痛くなるんだよなあ。
無事に危機を乗り越え再び登り始める。相方の林はだいぶ先まで行ってしまったようで姿が見えない。久しぶりの単独登山開始。
と、思いきや、ビバークポイントから5分も登ると突然視界が開け、目の前に一面のキャベツ畑が姿を現した。
『なんか北海道みたいだな』
休憩を取っていた林が僕のそばに来てつぶやいた。
キャベツ畑のバックには大きな青空が広がっていた。その風景は確かに北海道のようだった。
しかし、急坂が続くはずなのになぜにこんな気持ちのいい風景が姿を現したのかしら?
『いや、本番はここからなんだろ』
林がつぶやく。
『だってアウトドアの達人、「ホーボージュン」が泣いたんだぜ』
「ホーボージュン」とは、例の『四国遍路バックパッキング』の著者で、66番札所への道で泣きべそをかいた張本人である。
「そうだな、ここからさらに厳しい急坂が姿を現すんだな…」
そうだ、さらに険しい道が待っているに決まっている。だってここまでの登り坂、確かに急だったけれど、合計で30分も登っていない。あのアウトドアの達人「ホーボージュン」があの程度の坂道で泣きべそをかくはずがない…。
僕たちは再び気合いを入れなおし先へと進んでいった。
しかし、おかしなことに、いつまでたっても緩やかな登り車道が続くばかり。
「なかなか急な登りにならんな…」
『いや、あの曲がり角を曲がったらきっと驚くような登り坂が待っているはずさ』
「そ、そうだよな…」
しかし、曲がり角を曲がっても登り坂は姿を現してくれなかった。というか、曲がり角の先には66番札所雲辺寺の山門がたっていた。
「おい、ついちゃったな…」
『…。』
いったいアウトドアの達人「ホーボージュン」はどこで泣きべそをかいたのだろうか。なんとも釈然としない気持ちのまま、僕らは山門をくぐって境内へと入っていった。
さすがに1,000m級の山の頂上だけあって、30分もいると寒くなってきた。時刻は14時ちょっとすぎ。どんなにゆっくり歩いても、10キロ先の宿には日没までにつけそうである。
『よおし、いよいよ香川県上陸!』
散々ビビらされた割に大したことがなかったその反動だろうか、僕たちは妙に高いテンションで山を下っていった。
山を下りきったところで、農作業中のおばちゃんからみかんのお接待。今日はなんとも良い日だ。
本日の宿は、67番札所大興寺のすぐ隣にある。このペースなら67番札所も今日中に打ててしまいそうだ。
最後の県、香川には23の札所があるが、徳島同様、札所間の距離が短く、平均して1週間から10日ほどで88番に到着できてしまう。
あと1週間で旅も終わる…
はずなんだけど、空腹のあまり今日の夕食の話題ばかり話している2人はそんなことにも気付かず、お接待のみかんを食べながら宿目指して歩いて行くのでした。
本日の行程
伊予三島→65番→66番→香川へ→67番→宿 合計35キロくらい
ある歩き遍路の姿
最近のコメント