最終夜
9月1日 (金) たぶん晴れ
飛行機の時間は朝の8時ごろ。6時半ごろには空港に行ってなくてはいけないため、5時前には宿を出発する。宿からバスターミナルまでけっこう歩くのだ。
それにしても昨日の夜はひどかった…。「奴ら」が出たのだ。寝坊しないために部屋に集まって朝までトークをしていたのだが、これでもかというくらい「奴ら」は姿をあらわした。僕は実際には「奴ら」のその黒々としたボディーを目撃してはいないが、「奴ら」はたしかに出たんだ。目撃していないというのはメガネをはずして逃げ回っていたから。Iさんからは「男なのに情けない…」なんて怒られたが、こわいものはこわいんだ。
出発する時、宿のおばちゃんが「再見(さようなら)」といって(多分言ったと思う)手を振った。
僕はこの「再見」という言葉が気に入った。「再び見る」 再び会うことを約束してさようならをいう、そう思うとなんか素敵に思えた。
僕は中国語の研究者でもないし、第2外国語で中国語をとったわけでもないから、この言葉の本当の成り立ちなんて知らない。だから「再見」という言葉が再び会うことを約束しているかなんてわからない。でも僕はこの自分なりの解釈を持ち続けていきたいと思う。
僕は旅が好きだ。理由は旅先でいろいろな人たちと出会えるから。しかし、いくらいろいろな人たちに出会ってもすぐに別れがやってくる。旅先だからしかたがないとはいえ、正直言ってかなりさびしい。
でも、この「再見」という言葉を思いうかべるとそのさびしさもなくなる気がする。「また再び会おう」そういっているようでさびしくなくなってくる。
外へ出てみると、道路には相変わらず原付があふれかえっていた。台北に着いたその日は、あふれかえる原付の群れを見て正直うんざりしていた。まあ一週間たってもうんざりすることに変わりはないわけだが、今となってはこの原付の群れも台湾らしくて良いんじゃないかなと思えた。
正直な話、台湾を去るのがさびしかった。行く前は「行きたくないなぁ…」なんて言っていたくせにおかしな話だ。しかし、この1週間で間違いなく台湾のことが好きになっていた。
台北で僕らと一緒に宿を探し歩いてくれたおじちゃん。タロイモを売りつけてきたおばちゃん。花蓮駅前の客引きのおやじ。攻撃的な走りを見せたバスの運転手。花蓮の宿のおばちゃん。他にも沢山の人たちから数え切れないくらい多くの親切をもらった。
昨日の晩、Hさんが「台湾をさらに好きになった」といっていたが、僕も同じように思った。彼らのおかげで台湾を本当に好きになってしまったのだ。だからこそ台湾を去るのがさびしかった。
でも「再見」という言葉を思い浮かべたらさびしさなんてどうでもよくなってきた。だってまたきっと会うことができるし。
「再見か…」
そんなことを考えながら、僕はみんなとともに、夜明け前の台北の街をゆっくりとゆっくりと歩いていった。
おわり
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