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35日目  疾走

2005年3月17日

昨日とはうって変わって朝から激しい雨。

そんな中を、ポンチョのおかげで久々にロボットに変身した林と、カッパをきているくせになぜか傘までさしているアンバランスな格好な僕の不審者コンビは歩いて行く。

昨晩泊まった民宿は、なかなか快適なお宿だった。部屋はきれいだし、ご飯はおいしいし、本当にありがたかった。あまりの快適さに、朝から二人してご飯を5杯も食べてしまったもの。

ふとこの旅を思い返すと、僕が個人的に気に入った宿というのは、あまりお遍路さんが利用しない場所に位置していることが多かった。

12番札所を攻略した時に泊まった神山温泉の民宿。ここは12番札所から10キロ以上離れた場所にあり、さらに最近、5キロほど手前に民宿が新設されたこともあり、利用するお遍路さんは少なかった。

昨晩の宿も、66番札所への登山道近くの宿に泊まり、翌日山を越えるという一般的なルートを通れば、間違いなくスルーされてしまう場所に位置している。

しかし、そういうところにこそ、良いお宿はあるということに、僕は気付いたのですよ。まあ、僕が気に入った宿というのは、『基本的においしいご飯をたくさん食べることができたところ』なのであまり当てにはならないかもしれんけど、もし、またお遍路の旅に出ることがあったら、そういった穴場的な宿を中心に利用してみようかなあなんて思ってしまう。

『おい、ボケーっと歩いてると危ないで』

観音寺市内に入り交通量が増えてきたこともあり、相方に注意を受ける。次回のお遍路の旅のことを考えるより、今はこの旅に集中しなくては…。

68番札所神恵院、69番札所観音寺は同じ境内に位置している珍しい札所で、管理者も一緒らしく、朱印も一度に二つもらえてちょっと得した気分。まあ、料金はしっかり二つ分とられるんだけど。

『納経所の人かわいかったなあ』

歩きだした途端、林がつぶやいた。

普通、納経所の中の人は住職の奥さんとか、弟子の人、近所のおばちゃんなどお年を召された方が多いのだが、ここの札所は若くてきれいなお姉さんだった。

「うん。確かにかわいかった。でも張り紙貼ってあったのみたか?」

『貼り紙?』

そう。納経所には以下のような張り紙が貼ってあったのだ。

          『中の人に話しかけないでください』

きっと僕らのような煩悩全開遍路がナンパを企てるのだろう。

『でもちょっと自意○過剰すぎじゃn 』

「しっ!余計なことを言うと例のおじさんが雨強くするぞ!」

文句や悪口を言うと、必ず『あの人』が雨や雪を降らすことを僕たちは知っているのだ。しかも、今日は彼の生誕の地、75番札所善通寺をゴールに定めてある。なるべく失言は避けなくてはいけない。

僕たちの期待もむなしく、『例の人』はしっかり聞き耳を立てていたようで、70番札所本山寺を出発する頃になると、雨脚はさらに強まってきた。

75番札所まではおよそ17キロ。現在正午を少しまわったところなので、普通ならば余裕で到着できる距離である。しかし、75番札所までの間には4つの札所がある。それぞれの札所で30分ほど参拝時間が必要となると、日程は一気に厳しくなる。

とにかく、71番札所への道を急ぐ二人。雨はいっこうに止む気配がない。

「71番札所のあたりで今日は泊まらない?」

歩きながら僕は言った。これだけ雨脚が強いと歩くスピードも落ちてくる。このペースだと75番札所まですべて打つのは不可能だ。

『…。』

しかし、相方は返事をせず、ただ黙々と歩いて行く。

相方のペースに乗せられ、15時少し前には71番札所弥谷寺に到着した。

雨は相変わらず降り続いており、境内までの階段を滑らぬよう注意して登って行く。弥谷寺は山の斜面に建っているのだ。

お参りを済ませ、急いで納経所へと向かう。

時間は15時20分。次の72番札所曼荼羅寺までは地図によると4キロほど。

15時30分に出発すれば、1時間後には72番札所へ、そして17時の閉門時間までには、73番札所出釈迦寺につくことができるだろう。

というのも、72番札所と73番札所はわずかに200mほどしか離れていないのだ。

今日は最低でもここまでは打っておきたい。

74番札所甲山寺と、今晩泊まろうと思っている75番札所善通寺は1キロほどの距離。例え今日間に合わなくても、明日の朝に75番札所から少し戻ればいい。

しかし、75番と73番は4キロ近く離れている。今日、打つことに失敗をすれば、明日往復で8キロも歩かなくてはならない。

しかし、納経所に着いた僕たちは愕然とした。そこには、バスで巡る団体遍路たちの納経帳が山積みにされていたのだ。

僕たち歩き遍路と違い、バスの団体遍路はとにかく至れり尽くせりで、納経を自分で貰いに行くことはなく、バスガイドさんが全員分の納経帳をまとめて受け付けに持って行き、まとめて書いてもらう。バスの規模にもよるが、大型バス2台ぐらいで来られた日には、100冊近くの納経帳が受け付けに積まれることになる。

当然、一冊一冊に判を押し、手で梵字を書いて行くのだから、信じられないくらい時間がかかる。

その間、先を越されてしまった歩き個人遍路は、ただただそれを眺めて待っているしかないのだ。まあ中には、団体のものを後回しにして、歩き遍路のものから書いてくれる優しい方もいるんだけど、いつもいつもそうとはいかない。

お参りした証を自分で貰わなくて意味があるのかな、なんて僕は思ってしまうけど、とにかく、一分一秒を争う歩き遍路にとって、団体遍路の納経攻撃ほど勘弁していただきたいものはなかった。そのやっかいなものに、この切羽詰まった時に出会ってしまったのだ。

時間は刻々と過ぎていく。

『すみませんねえ』

ガイドさんが申し訳なさそうにそう言いながら、さらに多くの納経帳を抱えてやってきた。

(おいおい、勘弁してくれよ…)

結局、僕たちが納経を済ませたのは、時計の針が4時を指す直前だった。

あと1時間で4キロ先にある72番、73番札所の2つを打たなくてはならない…。

はっきり言って絶望的だった。雨はまだ降り続いている。

やはり、今日はここら辺りで宿を探すのが得策ではないだろうか。

ここ数日、あり得ないくらいのペースで突っ走ってきたため、日程的には比較的余裕がある。ここで投宿しても問題はないはずだ。なあそうだろ?なにもそんなに無理することはないよ。

僕が相方に言いかけたその時である。

『走ろう!』

「あぁ!?」

僕の返事を待たずに、相方林は72番札所目指して走り出した。

本気で73番札所まで打とうというのかい、彼は…。

とにかく僕は相方を追いかけ走り出した。

わき目も振らず疾走していく若者遍路、いや、ポンチョを着たロボットのような男とカッパに傘の不自然な格好をした男という不審人物たちが夕暮れの讃岐路を疾走していく。この光景を見ても、誰も指名手配犯だと思って警察に通報しようとしないんだから、香川県の人たちはさすがに訓練されている。

初めは、何で走るのよ…、なんて思っていた僕だったが、不思議なことに、しばらく走るとこの状況が段々と楽しくなってきた。

時間に余裕をもって、ゆっくり札所を回るのがお遍路の基本なのだろうし、怪我をして以降、僕自信そう言った考えで旅を続けていた。

しかし、ここ数日のあり得ないくらいのペース、そして、時間に追われ、走ってまで次の札所を目指す慌ただしい旅も、若者遍路らしくてそれはそれで悪くない…。

『山門見えた!』

「4時40分!間に合うぞ!」

僕たちは勢いよく山門に駆け込んでいった。

17時20分。72番札所を出発し、僕たちは本日の宿目指して歩き始めた。

あの疾走のおかげで、そして道路に面した72番札所からではなく、ちょっと奥まった所にある73番札所から先に打つという作戦も成功し、さらに72番札所の方が受付時間を延長してくれたこともあり、僕たちは両札所を打つことに成功した。

『いやぁ、ギリギリやったな!』

「ホントだよ…。でもちょっと楽しかったな」

新たな旅のスタイルを知った僕は上機嫌だった。

いや、実は本来のスタイルに戻っただけなのかもしれないな。1か月前、室戸岬目指して駆けていったあの時のように。

『おい!後ろ見てみろ!』

「おぉ、すげえ…」

雨もすっかり止み、西の空は夕焼けで真っ赤だった。

僕たちは夕暮れの讃岐路を、さっきとはうって変わって、ゆっくりと歩いていった。

本日の行程

宿→68、69番→70番→71番→73番→72番→75番宿坊  合計35キロくらい

ある歩き遍路の姿

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