36日目 迷い
2005年3月18日
「明々後日に88番着くぞ、こりゃ…」
『マジか!』
75番札所善通寺の宿坊に泊まったその夜、僕らは重大な事実に気づいてしまった。
ここ数日の異常なまでのハイペース、それを今後も続けた場合、なんと3日後の3月20日には88番札所に到着することができそうなのだ。
『な、なんかちょっと信じられんな…』
松山を過ぎたあたりから、旅が終わりに近づいていることを薄々感じてはいたものの、こうもハッキリと終わりが見えてくると、なんとも拍子抜けした気分になる。
「まあ、あくまでこのペースで行ったらだからな。金毘羅さんやうどん屋さんに寄り道して、最後はゆったりゴールすることも可能だわな」
『でも、O川は21日には大阪戻るんやろ?』
そう、すっかり忘れていたかれど、僕は私用で21日の夜までに大阪に戻らなくてはいけないのだ。
「まあ、そうなんだけど…」
『だったらこのままこのペースで結願しようや』
「金毘羅さんとかよれなくなるぜ」
『そんなんどうでもいいわ。ここまできたら一緒に結願しようや』
まったく、頼もしい相方である。
と、いうわけで話は決まった。僕たちは最後の最後まで突っ走るのだ。
翌朝、昨晩の気合いがどこかへ行ってしまわないうちに早いとこ出発!
と、いきたいところだけれど、ここは宿坊。しっかりと朝のお勤めに参加しなくてはならないのです。
さすが、弘○大師のおじさん生誕の地だけあって、善通寺のお勤めは、他の札所のものとはけた違いに規模の大きなものだった。
重要文化財か何かに指定されているんじゃないか、と思わせるくらい巨大な本堂で待たされる宿泊客。
しばらくすると、6人くらいのお坊さんがぞろぞろと列をなして入ってくる。
ここまで僕が経験したお勤めは、住職さんが一人でお経を唱えるものだったので、この時点で驚きである。
そしていよいよお経が始まるのだが、やはり6人のお坊さんが声を張り上げてお経を唱えると迫力が違う。巨大な本堂いっぱいに響く声なんとも荘厳な雰囲気で圧倒されてしまう。。ふと外を見ると、地元のおばあさんが、まだ薄暗い境内で同じようにお経を唱えていた。その光景は、NHK『ゆく年くる年』のワンシーンのよう。
さらに、どういうわけだか、この日はテレビカメラが入っており、僕たちのちょうど後ろでお勤めの風景を撮影しているもんだから、こっちまで緊迫してしまった。
あとで、門前のせんべいやさんで聞いたところによると、あれはテレビ○日の旅行番組のロケだったらしい。正坐に耐えられなくなり、結局胡坐をかいてお経を聞いていた僕たちの醜態が全国に晒されることになるとは…。
お勤めも終り、さあ出発。昨日打ちそびれた74番札所甲山寺、そして善通寺を続けて打ち、76番札所金倉寺へ向かう。
途中、道沿いにうどん屋を発見。うどん王国讃岐に入って3日目だというのに、思い返してみると、まだドライブインにあるうどん屋にしか入っていない。これでは讃岐に来た意味がないってもんですよ。
店内は、噂で聞いたことがあるセルフシステムで、僕はうどんに醤油をかけて食べる、その名も『しょうゆうどん』の大盛りにかき揚げ、それに生卵を注文。これで300円ちょっとというんだから、貧乏遍路にはたまらない。
味も、「うどんってこんない美味しいものだったの!?」と腰を抜かすくらい美味しかった。別にこのお店、ガイドブックに載っているような有名店ではないのだが、それでもこの美味さである。まさにうどん王国の底力。讃岐国恐るべし…。
うどんに力をもらい出発!せっかく昨晩気合いを入れたというのに、まだ善通寺から2キロも歩いていない。時間はすでに10時半。急がねば。
すると、席を立った僕たちに、厨房から出てきたうどん屋のご主人がこう言った。
『若いのに頑張るのお!よし、これお接待じゃき!』
ご主人は僕たちの手に、一枚づつ500円硬貨を置いた。
躊躇する僕たちに。そりゃそうだ。お金のお接待なんて初めてだもの。
困惑気味の僕らに、ご主人は笑顔で『頑張りや!』と言い、再び厨房の奥に入っていった。
『四国ってすごいよなあ』
「本当だよ。なんか俺泣きそうだもん」
正直言って、四国の人たちの優しいお接待がなければ、僕たちはここまで旅を続けてこれなかっただろう。
お接待というと、「お菓子や飲み物を恵んでいただく行為」という印象が強いし、僕も旅に出る前はそうだと思っていた。しかし、何かを恵んでいただく行為以外でも、例えば、僕たちの挨拶に答えてくれたり、宿や納経所で僕たちの旅の話(というか愚痴)を聞いてくれたり。実際歩いている者にとっては、それだってありがたいお接待だと思うし、実際本当に助けられた。こんなに沢山の親切をもらったからには、とにかくあと少し頑張るしかない。
76番金倉寺、77番道隆寺を打ち、丸亀城の壮大な石垣を見ながら先へと進む。
丸亀、宇多津、坂出と続くこのあたりは、瀬戸大橋の影響もあるのか、街も発展し、人も交通量も多かった。
途中、お昼休憩も兼ねて国道沿いのファミレス「ジョ○フル」に入ったのだが、中はどういうわけか高校生だらけで、頭にタオルを巻いてリュックを背負う僕たち不審者遍路集団は浮きまくり。このあたりの学校は今日が修了式らしく、爽やかな青春の雰囲気に勝ち目がないと判断した僕らは、ランチを速攻で平らげ、その場から退散した。
瀬戸大橋を望む高台に建つ78番札所郷照寺、某テレビ番組で心霊現象が起きたという79番天皇寺高照院、2つのこじんまりとした札所を打ち終えたところで、時計の針は16時少し前。
ここらで宿を探してもいいが、欲を言えば、次の80番札所国分寺も打っておきたい。81番、82番両札所は、最後の難関とも言われる山上の札所か(らしい)。明日、朝イチで登り始めるためには、今日中に80番打ちたい。距離はおよそ6キロ。昨日の比じゃないくらい厳しい。
「走るだろ?」
『もちろん』
しかし、突っ走ると決めた僕らに迷いはなかった。
重たいリュックを背負い、僕たちは6キロ先のゴール目指して駆けていった。
80番札所まで無事に打ち終えたその晩、僕らは宿から少し歩いたところでファミレス「ガ○ト」を発見し、店員が引くぐらい食べまくった。何せ、ハンバーグにライス大盛り、スープにサラダにミックスピザ、デザートはアイスである。しかもピザは一人1枚という大食漢ぶり。ここまで、体に良い和食や、その対極に位置するカップめんばかり食べていた反動なのか、ファミレスの洋風料理が妙に食べたくなる。ここにきて煩悩全開。旅も終わろうとしているのに、悟りも何もあったもんじゃない。
宿への帰り道で、久し振りに進路の話になった。
『俺は公務員の勉強でも始めるかな』
相方は、ここ数日突っ走っている間にも、将来のことをしっかり考えていたようだ。
「公務員か。俺はまだ決められんなあ」
僕自身も、前から公務員に興味があった。しかし、それと同時に教師にも興味があった。さらに、この旅をきっかけにして、お遍路に関係する仕事にも興味が湧いてきていた。
『まあ、俺もまだハッキリとはわからないけどな。卒論もあるし』
旅の方は、最後まで突っ走ると言う決意が出来たのだが、その後のことについては2人ともまだ決断出来ずにいた。
本日の行程
74番→75番→76番→77番→78番→79番→80番 合計33キロくらい
丸亀城
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