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32日目 雪降る難所

2005年3月14日

朝の7時。今日はちょっと早めの出発。

宿の外に出てみると、案の定、雪が舞っていた。

おかしいなあ、6時頃起きたときには降ってなかったのに。僕らが外に出たとたん降り出してきやがった。麓で雪が舞っているということは、標高700mにある札所はおそらく大雪なんだろう。

60番札所へ行く道は二つ。

一つは、台風で通行不能という噂の通常の登山道。

もう一つは、札所近くまで通っている車道。

距離的には、前者の方が4キロほど短い。しかし、雪の中の登山道を行くというのは…。

「どうしようね」

『うむ』

宿をでて左に行けば登山道。右にけば車道である。いざ決断の時…。

30分後、宿を出て右へと行く道を選択した僕らは早くも後悔していた。

いよいよ札所へ通じる車道に入ろうかというあたりで、あれほどしつこく降っていた雪がぱったり止んでしまったのだ。それだけではない。空を埋め尽くしていたどす黒い雲の隙間から、なんと青空が見え始めてきたではないか。

『なんだよ!晴れるなら登山道行けばよかったじゃん!』

僕らはとことんツキに見放されていた。通常の登山道からはすでに3キロ以上遠ざかっていたので、いまさら戻ることもできない。というか、例え戻ったとして、また雪が降り出すにきまっている。

僕らはぶつぶつ文句を言いながら、車道を登っていった。

黒瀬湖というダム湖を過ぎると、車道はいよいよ山の中に入っていった。歩いてみてわかったけれど、車道とは言っても実際にはただの林道で、林業のシーズンではないのだろう、車とすれ違うことは全くなかった。

途中、なぜだかわからないけれど料金所があり、そこのおじさんに荷物を預かってもらうことに。足摺岬へ向かう時にも思ったけれど、やはり荷物があるとないとでは歩くスピードが全然違う。特に、今回は登りということもありその効果は絶大で、すいすいと車道を上がっていく。

1時間ほど行くと、林道が終わり、通常の舗装道路にでた。どうやらこちらの道が60番札所へと行く本来の道であり、僕らの通ってきた道は、林業関係者のみの、参拝客の車は通れない道だったようだ。歩きとはいえ、林業とはなんの関係のない僕らを通してくれた上に、さらに荷物まで預かってくれた料金所のおじさんには感謝しっぱなしだ。

通常の舗装道路は、いわゆるつづら折りの道で、うねうねとしたカーブを繰り返しながらどんどん高度を上げていく。

『おぉ、すげえな…』

「…」

眼下には言葉では言い表せないくらいの絶景が広がっていた。
高度が上がるにつれ、道路の至る所に雪が積もっているのを見ることができた。やはり、昨日は山頂付近で結構な降雪があったみたい。こりゃ、登山堂行かなくて正解だったかも。

しかし、この車道に積もった雪が、後に僕らを恐怖のどん底に突き落とすことになろうとは、この時はまだ知る由もなかった。

60番札所横峰寺には、10時半ごろ無事に到着。境内は雪で真っ白だった。

『そ、それでは三百えっヘックシュンっになりましゅっ』

納経所の若いお坊さんは、花粉症なのか、くしゃみ連発で鼻も真っ赤だった。そりゃ、こんなに周りを杉の気に囲まれたところにいたらねえ。いやあ修行ってのは辛いんですねえ。

札所から少し上がったところに『星の森』という何ともロマンティックな名前の場所があり、晴れていれば、そこからは四国最高峰の石鎚山の姿が見られるということだったが、頂上付近は雲に覆われているだろうという話を聞いて断念。そのまま下山することにした。

空を見上げると、朝よりも青空が広がっており、気温も上がってきていた。

しかし、この晴天と気温の上昇、そして車道の雪がタッグを組んで、僕たちに牙をむく。

「うおっ!」

『どうした!?』

「やばいって!めちゃくちゃ滑る!」

車道に積もっていた雪、それが太陽の日差しと気温の上昇によって解けてきていた。解けかけの雪というのがこんなにも滑るものだったなんて…。

そして、先ほど述べたとおり、この道路は言葉では表せないくらいの絶景を拝めるほど高い所に位置しているのだが、道路には何とも頼りなさそうなガードレールがポツンと佇んでいるのみ。そのガードレールの先は恐ろしく高い崖…。

「落ちるって!」

そして、どういうわけか、雪に足を取られると必ずガードレールの方へと滑っていってしまう。その先はもちろん崖…。自然と飛び降り自殺である。

ああ何と怖ろしいお遍路さんの旅。

セルフ飛び降り自殺マシンの罠を振り切り、命からがら下山した頃には、もうすっかりお昼をまわってしまっていた。

危うく命を取られかけたとはいえ、順調に伊予の国最大の難所である横峰寺を打ち終えることができた僕らは、そのままの勢いで64番札所前神寺を打ち、意気揚々と、本日の宿のある西条市へと向かっていった。

天気もすっかり良くなり、田舎の雰囲気の残る遍路道を歩いているととても気持ちがよかった。

その途中、川沿いの道でジョギング中のおばさんとすれ違った。

「こんにちは」

『はい、こんにちは』

すれ違った人と挨拶をかわすいうのは、歩き遍路にとって大事なことである。

しばらくしてから、僕はふと後ろを振り返った。すると、先ほどのおばさんが、僕たちの方を向いて手を合わせていた。

こんな信仰心のかけらもない遍路に、弘法大師の姿をみたとでもいうのだろうか。

なんとも恥ずかしくなった僕は、前をゆく林を小走りで追いかけた。

本日の行程

宿→60番→64番→西条市内泊    合計30キロくらい

雪の60番札所

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