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30日目  将来のこと

2005年3月12日

昨晩の宿、『コスタブランカ』は久しぶりに大満足の宿だった。

1泊2食付きで5,000円という破格のお値段。昼間は喫茶店を営業しているようで、3時頃到着した僕らを、まずはTea Timeでおもてなし。部屋はベッドルームと和室の選択制。ソースのような香り漂う便所。大注目の夕食にはすき焼きが登場。そして、従業員のおばさま3名、まるでスナックのママのよう。

正直な話、1泊2食付きで5,000円と聞いて対して期待はしていなかったのだけれど、予想外に豪華な食事に僕らは大満足。部屋の壁が薄く、同宿のおやじ遍路の電話の声が聞こえてきたり、トイレがソース臭かったりしても、僕らには全く関係ないのです。

出発の際、スナックのママたちからお菓子のお接待をいただき、僕らの気分は最高潮!35キロ先の58番札所仙遊寺を最終目的地に定め、今治市内全5札所を完全制覇するべく、コスタブランカを出発した。

「牛乳のお接待でーす」

しばらく歩くと、道沿いにある牛乳屋のおじさんがお接待してくれた。朝から本当にありがたい。

牛乳から力をもらい、54番札所延命寺までの20キロを午前中のうちに歩き切る。実にいいペース。朝からお菓子や牛乳のお接待を受けたおかげで、僕らはのりにのっていた。

しかしながら、このお接待という風習は実に不思議だと思う。この21世紀に、この文明社会に、300年前の風習がいまだに残っているというのが不思議で仕方がない。例えば、関西地方に残る西国三十三箇所巡礼にもお接待の風習は存在していたらしいが、現在では廃れてしまい残っていないらしい。

なぜ四国では残り、西国では廃れてしまったのか?

『四国は歩きの風習が残っているけれど、西国ではそれがないから』

という説もあるらしい。たしかに、西国は近畿各地に札所が散らばっている上に、京阪神という大都市圏のおかげで、現代ではとても歩ける状況にない。歩きでの巡礼の衰退に伴いお接待の風習が廃れた、ということらしいけれど、実際にお接待を体験した側からすると、そんなややこしい問題ではない気がする。

何というか、四国の人たちのDNAにお接待が刻み込まれている、そんな気がする。だって、僕らが四国に遊びにきてお遍路さんを見つけたとしても、気軽にお接待なんかできないと思う。

『お遍路さんを見つけたらお接待をする』

そんな行動パターンが四国の人たちの中に組み込まれているのでは?

そんなことを思ってしまう。

と、お接待に関する考察なんて柄にもないことをしてしまったけれど、原因は相方の林にあるのだ。

彼はいま大学で歴史関係を専攻しているのだが、卒業論文のテーマをお遍路に設定しようと本気で考えているようで、現在、研究対象になりそうなことを色々と探している。そんなわけで、歩いている最中の話題も、柄にもない学術的なものになりがちなのだ。

僕自身も、専攻している法学より民俗学系に興味があることもあり、一緒になって研究対象を探していた。

さすが、日本の将来を担う大学生。歩いている最中も学術的な会話をやめようとしないもの。インテリ遍路集団とでも言っておこう。

54番札所を過ぎると、今治の市街地に入る。

さすが松山に次ぐ大都会。おいしそうなお店がいっぱい。

『なあ、カレー食べたくないか?』

「いいねえ、ぜひ食べてみたいねえ」

『だろ?こんだけ都会だったら絶対あると思うんだよ』

「コ○壱がかい?」

『ああ。探すか?』

(無言でうなずく)

哀れインテリ遍路集団。カレーのことで頭がいっぱいの彼らには『お接待に関する考察』なんかはっきり言ってどうでもいい。

煩悩遍路集団と化した二人は、コ○壱を目指し今治市街へと繰り出していった。

望みどおりカレーを満喫した僕らは、午後の1時過ぎ、55番札所南光坊に到着した。街の中心部にあるわりに広々とした印象をうけるお寺で、いつもどおりお参りを済ませ納経所へと向かう。

すると、参拝客も少なくヒマなのだろう、納経してくれたおじさんが僕らに話しかけてきた。

『君ら大学生?』

「はい、一応は」

『そうか。ところで、ホリエモンについてどう思う?』

「は?」

詳しく話を聞くと、納経所のおじさんは若い人たちに大きな期待をしているらしい。

ライブドアの社長であるホリエモンが、フジテレビ系列でるニッポン放送の株を買い占め、フジテレビに喧嘩を売った出来事(この文章は2005年当時のお話ですよ)に、おじさんはえらく感動したそうだ。

『やっぱりよ、いつまでも古い体質じゃダメなんだよ!

もっとこう、若い人たちが頑張って、古い体質をどんどん壊していかなくちゃ!兄ちゃんたちも頑張らないかんぞ!』

おじさんは僕たちに熱く語ってくれた。

4月から大学3年生、そろそろ将来のことを考えなくてはいけない僕らにとって、それはあまりにもタイムリーな言葉だった。

55番札所を後にした僕らは、お互い先ほどの言葉を思い出し、何やら考え事をしながら56番札所泰山寺へと向かった。

それがいけなかったのだろう。

先ほどのおじさんの言葉について真剣に考えるあまり、他のことに気が回らなくなっていた相方の林が、見事に納経帳を55番札所に忘れてきてしまったのだ。

『ちょっと走って取ってくるわ!』

そういってお寺を飛び出そうとする林を56番札所のおばさんが止める。

「私の車で行ってやるけえ、のって!」

おばさんの車に乗って山門を出ていく林。

すると、それからわずか数分後、今度は一台の車が入ってきた

『忘れもんや!納経帳!』

なんとびっくり、車から降りてきたのは先ほどのホリエモンおじさん。林の納経帳に気づき、わざわざ届けてくれたのだ。見事に行き違いである。

『いやあ、3年あの寺にいるけど、納経忘れていった子は君らがはじめてや!』

そうでしょうそうでしょう。命より大事な納経帳を忘れるやつなんてそうはいないでしょう。

『それじゃな兄ちゃん!頑張りや!』

おじさんは、改めて僕らにエールを送り去っていった。

行き違いになった林が戻るのを待って、56番札所を後にする。

「さっきのおじちゃん、また頑張れっていってたよ」

『期待されてるんだな、俺ら』

「うん」

『そんなこと言われてもなあ』

「将来のことねえ…」

『少しは考えるけど、いまいち現実味がないな』

「まあね」

この旅が終われば、いよいよ大学生活も後半戦に突入する。

単位のこと、卒論のこと、そして将来のことを真面目に考えなくてはならない時は刻々と近づいてきている。

この旅が終わるなんて、ここまで全く意識してこなかったけれど、もうカウントダウンは始まっているのだ。

本日の行程

宿→54番→55番→56番→57番→58番泊   合計32キロくらい

56番札所のいぬ

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