29日目 同行二人
2005年3月11日
道後温泉から52番札所太山寺まではおよそ11キロ。朝の松山市内を林と二人で歩いて行く。
しかし、松山は本当にいいところだった。
大きな街でありながら自然も多く、どこか落ち着いた雰囲気で、そして人がとても優しかった。
愛媛は、気候が温暖で、とても穏やかな人が多いと聞いていたが、まさにその通りであった。観光案内所のおばちゃんをはじめ、というかここまで出会った愛媛の人たちはみんなやさしかった気がする。
いやあ、本当にいいところだ、伊予の国というのは…。
そんなことを思いながら、52番札所を参拝し、納経所へむかうと、林が渋い表情でこちらをみていた。
「どうしたよ?」
『納経所のおばさん、感じわりぃ…』
話を聞くと、どうやら納経所のおばさんがなかなかの曲者のようである。林は、普通の納経帳のほかに掛け軸を持っていて、そちらにも納経をお願いしたらしいのだが、どうもものすごく嫌々した感じで書かれたらしい。
ここまで、50以上の札所を通過してきたわけだが、確かにいろいろな人がいた。旅の様子を聞いてくれた人、淡々と無表情で書いていく人、団体遍路の分は後回しにして個人のものを優先的に書いてくれた人、他の札所の悪口をこっそり話してくれた人。いい人も悪い人もいろいろだった。
そして、ここの札所の人は、確かにあまり感じが良くなかった。そりゃ一日中書き続けていたら嫌にもなるだろうけどさ、こっちに当たられても困るわけですよ。
『俺あたまきちゃってさ、300円なのに一万円札出してやった』
…。
林というのはなかなかやる男である。
53番札所円明寺へ向かう途中、ぽつぽつと雨が降り始めた。むむ、もしかして納経所の悪口を言ったから、例の弘○大師おじさんが怒ってまた雨を降らせやがったか?
納経を終える頃には雨は本降りになり、久し振りの雨合羽の出番。
雨合羽着こむほどの雨なんて本当に久しぶりかも。足摺岬からの帰り道に以来だから、およそ一週間ぶり。その時は傘で対応したから、合羽を着こむのは高知三日目、あの列車に乗ってしまった日以来かも。
『さあいこうぜ』
準備万端整い、さあ出発!
と、林の方を見ると…、
「!!」
『な、なんだよ』
「お前、ものすごいな…」
そう、彼はなんとも異様な格好をしていた。文章で表わすにはなんとも難しいのだが、彼は、黄土色っぽいポンチョ(頭からすっぽりとかぶる雨具。裾が長くて頭がすっぽり隠れるフードがついたワンピースみたいな感じ)をリュックの上からかぶっているもんで、その姿は異様。後ろから見るとまるでロボットのようだ。
「それ、絶対捕まるだろ…」
それぐらい異様な格好の彼と、僕はこれから旅をしていくことになる。
北条市のはずれにあるうどん屋さんでお昼を食べた以外はほとんど休憩も取らずひたすら先を目指し歩いて行く。
左手に見える海の向こうには九州がある。四国を時計回りに歩くと必ず左側に海が見えるので、自分としてはどこを歩いているのかわからないのだが、もう、四国の3/4近くを歩いてきているわけである。
北条市の市街地に入ったあたりで雨があがり、
林もようやく通常の格好に戻り、他愛もないことを話しながら二人で歩いてく。
大学のこと、ここまでの旅のこと、いま見ているドラマのこと…。
四国遍路用語に、「同行二人」というものがある。
『お遍路さんの近くには必ず弘法大師さんがいるの。だから例え一人で旅をしていても実は違うんだよ。弘法大師さんと一緒に歩いているんだよ。そう、君は一人じゃないんだ!だから困難なことがあってもきっと乗り切れるよ☆』
と、いうわけ。
確かに、不満を言った直後に雨が降ってくるところを見ると、弘法大師さんは僕の近くにいるみたいだが、姿が見えないだけに一緒に歩いている気はちっともしない。悟っていないなあ…なんて言われるかもしれないけど、一人は一人である。
しかし、同年代の若者遍路という相方ができたいま、「同行二人」の意味もなんとなくわかる気がする。
どんなに疲れていても、歩くのが嫌でも、やはり相方がいると頑張ろうという気になる。他愛もない話をしていると、それだけで疲れが取れてくる。
例えそれが、雨が降るとロボットのような最高に怪しい格好に姿を変える男だったとしても…。
市街地を抜けると標高100mほどの小高い丘を越える。
今日の宿、『コスタブランカ』まであと少しである。
本日の行程
道後→52番→53番→北条市→宿 合計 28キロくらい
相方の姿





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