26日目 泣く
2005年3月8日
お昼ちょっとすぎ、大洲から列車に乗った僕は内子の駅で下車した。
一昨日の宇和島についで、2度目。どこもけがしていないというのに、ただ「しんどいから」、「気分がのらんから」という理由で交通機関を使ったのは。
朝7時過ぎに宇和町の宿を出発したものの、全くと言っていいほど気分が乗らない。しかも、この日の行程は交通量の多い国道56号線をひたすら歩くというもの。1時間たっても、2時間たっても、なかなかペースは上がらず、ダラダラと歩いて行く。
それでも、どうにか歩き続け、11時過ぎには大洲の街に入る。
しかし、それが限界だった。大洲の駅を発見した僕は、躊躇せずに切符を買い、さっさと列車に乗り込んだ。最早、宇和島の時に感じた後ろめたさすら感じていなかった。
「しんどいから乗る」
最早、うつ病なんかではない。完全に甘え切った、「怠け者遍路」になり下がっていた。しかし、この時の僕は自分が「怠け者遍路」になり下がったことにすら気付かず、鼻歌など歌いながら、のんきに列車の旅を楽しんでいた。
大洲から10分ちょっとで内子の街に着いた。内子は古い街並みの残った、愛媛県屈指の観光地。と、くれば、「怠け者遍路」が黙っているはずがない。重たい荷物を背負ったまま街の隅々まで歩きまわった。
これだけ楽々と歩けているのに「うつ病」とは笑わせてくれる。
1時間ほど観光したのち、僕は内子の街から10キロほど離れた宿に電話を入れた。時間は午後の1時過ぎ。どんなにゆっくり歩いても暗くなるまでには着ける。
たっぷり観光を楽しみ、今夜の宿も無事に確保した「怠け者遍路」は、ちんたらちんたらと歩き始めた。
このあと、弘法大師さんからきつい罰が下されることになろうとは、この時点では知る由もなかった。
内子の街を出た僕は、さっそく道に迷ってしまった。もともと方向音痴な僕だ。内子のこじんまりとした路地から急に大きな国道に出て、方向感覚を失わずに歩けという方が無理だ。
そんな迷える僕に、どこからか声が聞こえた。
「お遍路さん、迷ったかね!乗せていっちゃるわ!」
後ろを振り向くと、軽のワゴン車にのったおじいさんが窓から顔を出して笑っていた。
何という幸運!やっぱり弘法大師さんはいるんだね♪
僕は遠慮することもなく、おじいさんの車に乗り込んだ。
これが、弘法大師さんの仕組んだ罠だとも知らずに。
おじいさんの運転する車はどんどん山奥に入っていった。それに伴い、道路もどんどん狭くなってくる。
「これ、いちおう国道じゃけえ」
おじいさんが教えてくれる。車同士がぎりぎりすれ違える幅の道路を国道と呼ぶとは、さすが不思議の国、四国である。しかも、国道というだけあってダンプやトラックなど大型車まで通るんだから、怖くて仕方がない。
「ここは山奥の村だけんど、けっこう子供が多くてな。何でかわかるか?」
おじいさんはいろいろな話を僕にしてくれる。
「さあ?なんでですか」
「山奥でな、夜することないけえ、若い夫婦がこう、な!」
下ネタもキレキレである。
おじいさんとのドライブは1時間ほど続き、いつの間にか、44番札所大宝寺のある久万高原町に入っていた。本来ならば歩きで2日はかかる道のりをわずか1時間できてしまった。いやあ、今日は本当に付いているぜ。
「ありがとうございました!」
44番札所の門前まで連れてきてくれたおじいさんにお礼をいい、僕は参道を歩いて行った。
そこで、ふと大事なことに気づいた。
そういえば、僕は今日、宿を予約していたのだ。宿は内子から10キロほどの場所。44番札所からは30キロ近く戻った場所にある。車のお接待ですっかり忘れていたが、ちょうど切れ味鋭い下ネタをおじいさんが放ったあたりに宿があったのだ。
「まあ仕方ないわな、通り過ぎちゃったんだし」
僕は、特に深刻に考えることもなく、キャンセルの連絡を入れることにした。1年前、12番札所に早く着きすぎた際にも、宿坊の予約を難なくキャンセルできたし、今回も問題ないだろう。僕はそう考えて宿の番号を押した。
しかし、今回はそう上手くはいかなかった。
「え~!困ります!なんでいまさらキャンセルなんですか!」
僕がキャンセルの旨を伝えると、宿のおばさんはどなり声をあげた。予想外の反応に僕は戸惑ってしまった。
「いや…、だから車のお接待を受けて…」
「そんなこと知りません!それなら車で来るときうちに寄ってくれればいいじゃないですか!」
宿のおばさん曰く、当日の、しかもお昼過ぎに予約があった場合、キャンセルをするお客はまずいないそうだ。それ故、僕からの予約電話のあとすぐに夕食の手配(その宿は食事を近所の料理屋さんに注文するシステム)をしてしまったそうなのだ。それなのに、急にキャンセルされたら、料理が無駄になってしまうし、料理屋さんにも迷惑がかかってしまう。
「すみませんでs…」
「すみませんじゃないですよ!どうしてもっと早くいわないんですか!」
僕はとにかく謝り続けたが、おばさんの怒りは収まらない。
そればかりか、おばさんの怒りの矛先は、僕がキャンセルしたことから、僕の旅に対する姿勢のあり方へとシフトしていった。
「どうせあれなんでしょ!歩きとか言っても、車とか何度も乗っちゃって、終いにはそれに慣れちゃったんでしょ!だから今日だって宿の予約してるにもかかわらず車乗ったんでしょ!普通乗りませんよ!宿を予約していたら!」
僕はドキッとした。
「そ、そんなことないですよ…。今日は車のお接待で…」
言い返してみたものの、僕は明らかに動揺していた。
結局、宿代6,000円のうち、夕食代の2,000円を宿に送金することで許してもらうことになった。
荷物を44番札所のベンチに置き、街の中にある郵便局へ行くことにした。
郵便局に向かう間も、僕の頭の中は、先ほどのおばさんの言葉でいっぱいだった。
「どうせあれなんでしょ!歩きとか言っても、車とか何度も乗っちゃって、終いにはそれに慣れちゃったんでしょ!だから今日だって宿の予約してるにもかかわらず車乗ったんでしょ!普通乗りませんよ!宿を予約していたら!」
まさにその通りだった。
おばさんの一言は、僕の現在の状態を見事に言い当てていた。
僕はここ数日明らかに怠け切っていた。交通機関を利用することに慣れてしまっていた。列車やバスに乗ることが当たり前になっていた。
高知で足を怪我し、それが完治するまでは無理をせず交通機関を利用する。最初はそのはずだった。それが、足の怪我が治ったにもかかわらず、ちょっと気分が乗らないから、しんどいから、などと言って交通機関を使い続けた。完全に怠け切っていることに気付かず、乗り続けていた。
「気分が乗らないからリフレッシュする」
なんとか自分の行為を正当化しようとしていたけれど、結局はただ自分に負けてしまっていただけなのだ。歩き遍路失格である。
郵便局で現金書留の手続きを済ませると、僕はもう一度、先ほどの宿に電話をした。怠け切った僕に説教をしてくれたおばさんに、いまの僕の状態を見事に言い当ててくれたおばさんに、しっかりと謝りたい。そしてお礼の言葉を言いたい。そう思ったのだ。
「もしもし、すいません、先ほどの…」
「さっきのお遍路さん?」
「はい、えっとお金送らせていただきました。それからさっきのことなんですけど…」
「ああさっきのこと。こっちもいきなり怒鳴っちゃってわるかったねえ。もういいから、これからも元気に旅を続けてくださいね」
さっきとはうって変わって優しげなおばさんの声を聞いたとたん、目から大粒の涙がこぼれてきた。
「ほ、本当に申し訳ありませんでした…」
涙で前が見えなくなり、思わず、境内のベンチに座り込んでしまった。
電話を切ったあとも、涙はとめどなく溢れてきた。
どうして涙がでるのかわからないけど、いつまでたっても涙は止まってくれなかった。
僕は大宝寺のベンチに腰掛け、静かに泣き続けた。
本日の行程
宇和→大洲→列車→内子→車のお接待→44番→久万高原町泊 合計25キロ
44番札所大宝寺






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