20日目 恐怖体験
2005年3月2日
僕がいま行っている巡礼という行為は、元々は霊的な行為なわけで、いつかは本当にシャレにならないほどの恐怖体験に襲われるのかもしれない。
なんて昨日の日記で書いてしまったもんだから、本日、本当に恐ろしい体験をしてしまいました。今日はそのことについて、つつみ隠さず書きたいと思います。で、今日に限ってフォント変えます。いつもの間抜けな字じゃ一つも怖くならないし。
朝10時、チェックアウト時間ぎりぎりに、僕は中村駅前のとあるビジネスホテルを出発しました。いつもより遅い出発。というのも、明日の足摺岬アタックに備えて、今日は久百々という集落に宿を取ってあるのです。距離は20キロ弱。急ぐ必要はなかったのです。
日本最後の清流、四万十川のほとりで朝食兼昼食を済ませた僕は、観光バスも通る比較的大きな道を歩き始めました。国道321号線です。
3月に入り、お遍路の旅もシーズンを迎えたのでしょう。僕の横を通る観光バスには、白衣をまとったお遍路さんがたくさんのっていました。手を振る人、歩きの僕を見て、隣同士指をさしながら何やら話をしている人、のんきに居眠りをする人など。
居眠りとは、バス遍路は気楽でいいやねえ…、などと心の中では悪態をつきながらも、笑顔でバス遍路に手を振り返し、爽やかな若者歩き遍路を演じつつ、僕は歩いて行きました。街から山の方へと続いていく国道321号線を、僕はひたすら歩いていったのです。
1時間ほど歩くとあたりはすっかり山深くなり、所々にあった民家も、いつの間にか姿を消していました。どこを見ても木、木、木…。聞こえる音といえば、時々通る車の音と鳥のさえずりぐらい。
そんな、人気のない山奥の道を歩いて行くと、前方にトンネルが姿を現わしました。
新伊豆田トンネル 全長950m
入口の看板にはそう書いてありました。
ここまで20日間歩いてきて、僕は幾度となくトンネルを通過してきましたが、950mというのはかなり長い部類に入ります。
しかし、ここを通らない限り今日の宿にはたどり着けません。地図を見ると、このトンネルの向こう側は土佐清水市とのこと。目的地までは10キロもありません。
「おし、もう少しだな」
僕は気合いを入れなおし、トンネルに入って行きました。
といっても、そのトンネルはさほど恐れるよなものではありませんでした。交通量は少なく、できたばかりなのか電燈も明るく、歩き遍路にとっては言うことなしの快適なトンネルでした。今まで通ってきたどのトンネルと比べても、いや、これから通過するであろうトンネルを含めてもかなり良い部類に入るのではないでしょうか。
あの出来事がなければの話ですが…。
カツン… カツン… カツン…
杖の音が響く中、僕は歩き続けました。周りに民家もないかなりの山の中。車も全く通りません。
200メートルほど行った時でした。
前方に、なんていうのでしょうか、赤い警報器のようなものが見えました。トンネルで火災や事故があった時に利用するであろう、あれです。
何の変哲もない、どこにでもある警報器。僕は何事もなくその横を通過する。
そのはずでした。
や め れ ば い い の に
その警報器には8文字の意味不明な言葉が書かれていました。いや、正確に言うと、周りの壁にまではみ出すぐらい大きな字で書かれていました。オレンジ色の電燈のせいで色はよくわからなかったのですが、とにかく大きく、そして殴り書きというか、ひどく雑な文字でした。
「な、なんだよこれ…」
いつもなら笑い飛ばしているのでしょうが、今回は違いました。その意味深な言葉を見た瞬間、僕は背筋が凍りつくのを感じました。
考えても見てください。ここは民家すらない山の中。1番近い集落でも数キロ離れているのです。こんな悪戯のために、わざわざ何キロも歩いて来る物好きがいるでしょうか。車でここまで乗りつけた誰かが書いたとも思えますが、それにしても、わざわざトンネルの中に書く必要はないのではないでしょうか。
それでは、一体誰が書いたというのでしょう。
そして、その言葉の表わす意味とは…。
何を辞めろというのだ。
遍路を?大学を?まさか人間を…。
嫌な考えばかりが浮かんできます。
「だ、だめだここにいちゃ。早く先へ行かなきゃ」
そう思うが早いか、僕は猛スピード歩き始めました。早くこの場から離れなくては…。
しかし、歩いていても嫌な考えは浮かんできます。
「やめればいいのに」
この言葉の後には「さもなければ…」という文が続くのではないだろうか。「さもなければ○○してしまうぞ…」みたいな。そういえばこんなシチュエーションどっかでみたぞ。本だったか映画だったか。
しかし、恐怖はこれだけでは終わらなかったのでした。
高速で歩く僕の前方に、何やら白い物体が落ちているのに気がつきました。
ビニール袋?
はじめはそう思いました。トンネルの中には、ドライバーの方が捨てたビニール袋がよく散乱しているのです。
しかし、その物体に近づくにつれて、なんとなくビニール袋ではないような気がしてきました。
布?
そう、布です。白いテーブルクロスのようなものが落ちているのです。大きさは40~50㎝くらいでしょうか。
しかし、布にしては何か違和感があります。よく見ると何やら紐でのようなものでギュッと縛られているのです。
「てるてる坊主?」
僕は直感的にそう思いました。しかし、いくらなんでも大きすぎやしないか。40~50㎝の巨大なてるてる坊主…
僕は再び寒気に襲われました。なんでてるてる坊主がトンネルにあるんだよ。おかしいじゃないか…。
しかし、あの物体を乗り越えない限り外には出られません。僕は恐怖におびえながら歩き続けました。
てるてる坊主のはずがない…。
先ほどの考えを必死で打ち消そうとするのですが、近づけば近づくほどてるてる坊主に見えてくるのです。
なぜか?
だって顔が書いてあるんです。その白い物体には…。
そして、その顔は、紐できつく縛られたことにより歪んでいたのでした。
首を思いっきり絞められて苦しんでいるてるてる坊主だったのです…。
「うわあ!!」
僕は発狂寸前でした。
「な、な、なんだよこれ…」
その瞬間、僕の脳裏に先ほどのあの言葉が浮かびました。
や め れ ば い い の に
な、なにをやめろっていうのさ。まさかやめないと、てるてる坊主のように…。
僕は限界でした。
わき目も振らずに僕は走り出しました。
や め れ ば い い の に
その言葉がいつまでも頭から離れません。
心なしか、寒気がひどくなり、肩のあたりが重く感じます。
もはや、後ろなんか振り返られません。だって明らかに後ろに何かの気配を感じる。
そして、こう言う時に限ってどうでもいいことが頭をよぎります。
あ、思いだした。さっき例の言葉を見つけたとき、このシチュエーションどこかで見たと思ったけれど、あれは『リング』だよ。たしか小説版『リング』の呪いのビデオのシーンでこんなシチュエーション見た気がする!
しかし、思いだしたはいいけど、『リング』といえば貞子である。こんな恐怖体験の真っ最中に貞子って…。自分の首を締めすぎですよ、お兄さん。
謎の言葉と首絞めてるてる坊主に追われた僕は、とにかく出口を目指し走り続けました。恐怖に押しつぶされそうになりながらも必死で走りました。
そして…
「うわあ!!」
叫び声とともに、僕は出口の光の中へと飛び込んでいきました。すると不思議なことに。あのゾクゾクとした寒気と、背後に感じた気配がスッと消えたのでした。後ろを振り向いて見ても、そこには何もいませんでした。
「かんべんしてくれよお…」
僕は、その場に座り込んだまま、しばらく立ち上がることができませんでした。
結局、あの謎の言葉と、てるてる坊主がなんだったのかはわかりませんでしたが、宿に到着後、不思議な事実が判明したのでした。
この日僕が泊まる宿は、「足摺岬へ向かうもの」と「足摺岬から戻ったもの」が出会う宿でした。
38番札所は足摺岬の突端にあります。そして、次の39番へは、この宿がある久百々の集落から道が出ています。ちなみに、久百々の集落から38番札所までは20キロほど。
つまり、38番札所に行っても、その後はどちらにしろ久百々の集落まで引き返さなくてはならず、しかも距離が長いため1日で39番まで行くのは不可能であり、それゆえ、久百々の集落の宿に連泊し、荷物を預け、38番札所を目指すのが主流になっており、そのため「足摺岬へ向かうもの」と「足摺岬から戻ったもの」が出会うわけなのです。
夕食のとき、僕はこの恐怖体験を語りました。すると、同宿のお遍路さんが不思議なことを言い出しました。ちなみに、その日泊まっていたのは僕を含めて3名。一人は連泊して本日足摺岬へ行った若者遍路。もう一人は、僕と同じく今日中村市から歩いてきたおじさんで、ちょうど僕の1時間ほど後ろを歩いていたようでした。
まず若者遍路が言いました。
「例の言葉は昨日みたなあ。でもてるてる坊主はなかったぜ」
そして僕の1時間後ろを歩いていたおじさんはこういいました。
「例の言葉には気付かなかった。てるてる坊主も無かったけどなあ」
僕の前を歩いた若者遍路が目撃していないのはまだわかります。前日のことですし。しかし、僕のすぐ後ろを歩いた人があのてるてる坊主は見ていないというのは…。
僕が見たあのてるてる坊主はどこへ行ってしまったのでしょう。
そして、あの謎の言葉の意味するものとは一体なんだったんでしょうか…。
本日の行程
中村→恐怖体験→久百々 合計20キロくらい
追伸
先日、ネットで例のトンネルのことを調べてみると、昔あの峠は古戦場だったそうです。
ちなみに、Wikipediaで「心霊スポット一覧」を検索すると、例のトンネルがある峠が出てきます。やはりなにかあるんですね。







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