2004年3月7日
「一に焼山、二にお鶴、三に太龍、遍路泣く」という言葉があるらしい。
阿波国にあるこの三つの札所はどれも山の上にあり、参拝するためには急な山道をこえていかなければならず、到着するころにはみんな涙目!というわけなんだろう。
すでに一の焼山寺はクリアしているが、5時間を切るハイペースで登り切ったとはいえ、あれは確かにきつかった…。そして今日、二のお鶴こと二十番札所鶴林寺と、三の太龍こと二十一番札所太龍寺を攻めるのだ。
万全を期して、朝の7時前に出発。だいぶ早起きにもなれてきたぞ!といっても、毎晩9時ぐらいには寝ているので嫌でもめがさめてしまうんだけれど…。
「さあ山登りのO川!先に行ってくれ!」
はいはい、わかりましたよ河手さん…。
しかし、登ってみるとそこは整備されたハイキングコースみたいなところ。なんせ、丸太でつくられた手すりや階段まで設置されているんだもん。ただ、この階段が結構くせもの。単なる坂道なら足を引きずってでも登れるんだけれど、階段になっていると嫌でも足を上げなくてはならない。これが思いのほかつらいのです。
唯一の救いは、二十番札所までそんなに距離がないこと。民宿を出発して1時間ほどで到着してしまった。
『おいおい、お鶴よどうしたんだ?遍路を泣かせるなんじゃなかったの?えぇ!こんなん焼山寺の足元にも及ばないよ!』
「山登りのO川」はあきらかに調子に乗っていた。しかし、そんな遍路としてあるまじき態度をお大師様が見逃すわけがない。
『まさか次の龍も大したことないんじゃないの?またハイキングコースなんじゃないの?いいの?簡単に登っちゃうよ?』
大丈夫♪心配する必要はないよ!2時間後には地獄を見ているんだから…。
河手さんが到着するのを待ってから太龍寺へ出発。鶴林寺から一気にしたまでくだり、ものすごく水がきれいな那賀川を渡り、いよいよ太龍寺への登山道。両サイドには昨晩降った雪が残っていた。3月なのに、そして四国なんて雪とは縁のなさそうな場所なのに、どうして雪が降るのですか。
しかし、雪を気にする余裕はすぐになくなる。ありえないほどの急坂がいつまでも続く。
ハァ…ハァ…
息がどんどんあがる。
1時間ほどかけて急坂を登り切ると、そこに待っていたのは、丸太で作られた足を上げることを僕に強制するあの階段。
ハァ…ハァ… もう歩けん…
思わず草むらの中に寝転ぶ。2時間前に余裕こいていた「山登りのO川」はもはやどこかへいなくなってしまっていた。
目を瞑って寝ころんでいると、自分がいかに山深いところにいるかがわかるきがする。小鳥のさえずり、水の流れる音、風で揺れる木々の音…。人の発する音は全く聞こえてこない。なんとも心地の良い世界。だんだん眠くなってk…
おっと、寝ては駄目だ!ここは雪の積もった山の中。眠りでもしたら本気で死ぬぞ。
気合いを振り絞り階段をのぼる。厳しいなあ、四国遍路ってのは…。
どれくらい歩いただろうか。遠くから「ゴ~ン」という鐘の音が聞こえてきた。僕より先に到着したお遍路さんがならしているのだろう。僕にはそれがエールのように聞こえた。よし、もう一息。
そして正午過ぎ、ついに21番札所太龍寺に到着。境内の凍った手荒い水でのどを潤す。水のおいしさを実感…。
しばらくたって、河手さんが二人の女性お遍路さんと共にやってきた。一人はこれが3度目の遍路というおばあちゃん。そしてもう一人は僕より少し年上と思われる若い女性だった。
『こんにちは!』
「あ、どうも…」
この時、「山登りのO川」は19歳。女性と話したこともあまりなく、まだ純粋な青年だったころ。ただ挨拶されただけで露骨に彼女を意識してしまうお年頃。
何とかして彼女と仲良くなれないだろうかと考えた「山登りのO川」は、すぐさまお土産物屋さんに直行しお饅頭を購入。彼女にお接待をして仲良くなろう!などという姑息な手段に乗り出しやがった。ちなみに、わかると思うけど、「山登りのO川」がちょこっと意識してしまったのは、おばあちゃんの方ではないのであしからず…。
そしてついに作戦決行。
「あ、もしよかったらこれ…」
『いいんですか?昨日買ったパンしかなくて、お昼ごはんどうしようかと思ってたところなんですよ!ありがとうございます!』
よし!作戦成功!
ただ、ありがとう!と言われただけで何が成功なのか、と思ってしまうけれど、彼にとっては相当うれしかったんでしょう。なんせ彼はまだ田舎からでてきたばかりの19歳の純朴なローカル青年。そんなことで喜んでしまうお年頃なんです。まさに煩悩の塊…。
彼はウキウキ気分で山を下り、3時頃には宿に到着。河手さんも、遍路3度目のおばあちゃんも、そして例の彼女も同じ宿。
なにかいいことあるかも♪彼は浮かれ気分で民宿へとはいっていったのでした。
本日の行程
民宿→20番→山道→21番→山道→山の中にある民宿 合計13キロ
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