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2008年8月

5日目 凍死の危機

2004年3月4日

寒い中の出発。先週まではやたら暖かかったくせにどうして…。

ものすごくどうでもいいことですが、昨日、焼山寺に行く途中に気づかぬうちに通っていたらしい美郷村。ちょうど同じころ、その村では、女優の水野真紀(関西だと毎日放送で番組もってるから知っている人もいるかも)が婚姻届を提出していたらしい。たしか、衆議院議員の後藤田なんとかって人と結婚したんだっけ?たしかね。

ああ、本当にどうでもいいな、この話題…。さっさと出発しようっと。

昨晩お世話になった民宿を出たところで、ここの中学生になる息子さんとすれ違った。

そして、これから学校へ行くため自転車にまたがろうとしている彼に、こともあろうか、僕は「いってらっしゃい!今日もがんばってな!」と声をかけてしまったのだ。

いや、別に悪いことではないんだけれど、無類の人見知りで、自分からは絶対に挨拶をしない(できない)僕が、ほとんど面識のない彼に声をかけるなんて前代未聞のことであり、自分でもびっくりしてしまった。

四国遍路を歩いていると自分が変わっていくのがわかる、と聞いたことがある。ひきこもりの子とか、すっごく内気な子が四国を歩いて帰ってきたところ、別人のように明るくなっていた。

そんな話を出発前に聞いたけれど、あれは事実なのかも…。だって、「いってらっしゃい!今日もがんばってな!」なんて自分から言うなんて、一週間前には考えられないことだもの…。

寒空の中、とんでもなく恐い道をびくびくしながら一人で歩く。

なんせ、トラックがびゅんびゅん走る道路のくせに歩道がないんだもん。さっきから何度かかすってるんだよねえ…。

そして道の反対側、つまりガードレールの向こう側はかなーり高い崖になっておりまして、例え僕の方に車が突っ込んできても僕は逃げ道がないのです。これはだめだよ。絶対そのうち事故起こるよ。

そんなことを考えていると、1台の車が横にとまり、なかのおじさんが「お遍路さん、のっていかないかい?」と声をかけてくれた。

ごめんよおじさん。僕はできるところまで徒歩で頑張りたいんです。なので今回は勘弁してください。そのようなことを言うと、おじさんは笑顔で車を発進させた。

しかし、四国というのは本当に不思議だ。お接待にしてもそうだが、どうして見ず知らずの人にそんなことができるのか?まったく面識のないその辺を歩いている人にお菓子や飲み物をあげたり、自分の車に乗せて次のお寺まで乗せていってくれたり…。僕だったら絶対そんなこと出来ないよなあ。四国って本当にすごい。まだ5日目、少ししか歩いていないけれどそう感じてしまう。

さて、今日の目的地、13番札所大日寺にはお昼すぎにはついてしまった。昨日の山道のおかげで筋肉痛になってしまい、かなりゆっくり歩いてきたつもりだったんだけど。しかし、今日の宿はここの宿坊と決めているので、先に進むこともできないし…。そんな途方に暮れている僕にどこからか聞き覚えのある声が。

『あんちゃんじゃないけ!あんたはやいなあ!もうきたのけ!』

おうふ…、昨日のおやじだ。昨日風呂でちょこっと聞いた話では、彼、野宿をしながら歩いているらしい。

「昨日の夜、寒かったですけど眠れたんですか?」

そう尋ねてみると、

『眠れん!めっちゃ寒いけえ、寝てもすぐに目が覚めよる!』

そりゃそうだろうなあ。昼間でもこんなに寒いのに夜、しかも山の中っていうんだから。

『それじゃ、俺はいくけん!あんちゃん気をつけてな!』

そういっておやじは出発していった。ああ、おやじも頑張ってくださいよ。絶対に生きて旅を続けてください。おやじが出発してしばらくすると、なんと雪が降ってきた。こりゃ今日の夜は寒いぞ…。おやじ、本当に生きていてくれよ。

さあ、僕も雪の降る中いつまでもつったていたら死んでしまうそ。

とりあえず宿の人にお願いし、荷物をいったん預け、先のお寺をまわることにした。13番から17番までは街中にあり、距離も1キロちょっとずつしか離れていないのだ。

そこで、14番常楽寺、15番国分寺を打つことにするが、今日はそこでストップ。筋肉痛で足が痛いし、なにせ寒い!雪が降っては止んではの繰り返し。もう限界…。

急いで14番、15番にお参りを済ませ宿へ帰還。

あー寒い寒い。早く暖かいお部屋に通してくださいよ、おばちゃん。

しかし、宿のおばちゃんは僕を『物置き』のような場所へ連れて行き、こう言った。

『急遽団体さんが入っちゃってねえ、悪いんだけどおにいちゃん、ここでねてくれんかねえ』

はあ、別に僕はいいんですけどね、見たところ、部屋にあるストーブ、だいぶ古そうなんですが夜つけっぱなしにしたら火事になるよね?それからこの部屋、えらく寒いんですけど…。そんで毛布も見当たらないし、用意していただけるのかしら?じゃないとたぶん僕は寒さで死んでしまうよ?ねえおばちゃん?あれ、いない…。

おばちゃんは、この毛布も炬燵もない、廊下から見ると明らかに物置にしか見えない極寒の部屋に僕を押し込み去って行った。

夜9時。テレビもないしすることがないので眠ることにする。結局毛布はなく、ストーブを消すとそこは極寒の世界。果たして僕は明日の朝、無事に目を覚ますことができるのでしょうか…。

本日の行程

神山温泉 → 怖い道 → 13番 → 14番 → 15番 → 13番宿坊泊

合計21キロ

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4日目 最初の難関

2004年3月3日

『健脚5時間、並足6時間、遅い人では8時間かかる』

『男でも8時間、女は9時間以上かかる』

そんな脅しにあいながら、早朝6時半、12番札所焼山寺への山道を登り始めた。

そう、ここは四国巡礼最初にして最大の難所、700メートル級の山を、登って下りて、登って下りて、最後にもう一回登ってようやく寺に着く。

どう考えてもおかしいだろ…。なんで旅の4日目で最難関に挑まにゃならんのさ。なあ、おかしいと思わないかい?弘○大師さんよ…。

そんなことをボヤいてもお大師様は何も言ってくれないのでおとなしく登る。

朝早いということで、とてもすがすがしく、眼下に広がる吉野川と徳島平野の風景はとてもきれいだった。

まあそんな余裕はすぐになくなり、無言で山を登り続ける。

1時間ほど登ると「長戸庵」という小さなお堂にたどり着いた。

地図を見ると、12番札所までの間には3か所、小さなお堂があり、休憩ポイントとなっているようだった。

『ここには、ちょっと前まで人が住んでいたらしいよ。』

金本兄貴が教えてくれた。ホントにこの人何でも知ってる。

『でも、女の人が怖がるからってどかされたんだって』

まあこんな人気のない山の中じゃ、男だってこわいわな…。

少しの休憩の後山登り再開。

木以外何もない道をひたすら歩いて行く。

どうでもいいけど、こんなところで熊とか猪でたらたまんないよなあ。

それぐらい、周りには何もないし、誰もいない。けっこう怖い。

ただ、このころになると大分山道にも慣れてきたのか、最初ゼエゼエ言いながら登っていた坂道がそれほどきついものでなくなってくるから不思議だ。熊にあわないために、僕は昨日の高速ばあさんとの戦いのとき並みに早足で歩いた。

そんなこんなで、2番目の休憩ポイント「柳水庵」には、スタートから2時間ちょっとで到着してしまう。聞けば、ここは12番札所への道のちょうど中間にあたるらしい。

あれ、ということはあと2時間。11時前にはついちゃうんじゃないかな…。

『男でも8時間、女は9時間以上かかるんですよお』

…。

あれぇ…。

とりあえず気を取り直して先へ進む。

余談だが、この山道沿いには様々なメッセージカードのようなものがぶらさげられている。ほとんどが、『もう少し、がんばれ!』とか『あと一息!』みたいなお遍路さんを励ますものなのだが、時々、『人生とは何か…』 『本当の自分とはなにか…』などという深いメッセージがあるからたまらない。

しまいには『キリストはあなたをみているぞ!』とか、もうお遍路さんとひとっつも関係ないやん…なんてものまででてきやがる。

そんなこんなで、キリストにツッコミをいれつつ歩いていると、最後の休憩スポット「一本杉庵」が姿を現す。

その名の通り大きな一本杉がそびえる場所なのだが、正直、今はそれに感動しているどころではない。どう考えても予定が早すぎる。

こりゃあと1時間で着くぞ…

ちなみに今日の宿は12番札所の宿坊の予定。夕方までかかることを想定して予約したのに、まさかこんな展開になろうとは…。

誰だよ、『男でも8時間、女は9時間以上かかるんですよお』なんて書いたのは…。

しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。というか、とまっていると寒い。そう、ここは700メートル級の山の中。そして今はまだ3月の始め。さあさっさと歩かないと凍死しちゃうぞ。

一本杉庵からはかなりの急坂。聞くところによると、先日この坂で転落した人がいて、骨を折る重傷だったらしい。それは怖い。

転ばぬように慎重に降りていると、後ろから声をかけてくる人がいる。

『あんちゃん、はやくあるくと危ないけえ!』

そういうと、このおじさん、僕の横を颯爽ととおり、坂を駆け下りていった。いやあなたたの方こそ…。

急坂を下り小さな集落を抜けると、いよいよ最後の山登り。しかし、この登りがきつかった…。急坂を下って膝がガクガクしているところでこの登り。今まで余裕こいてたけど、最後にこんな試練を持ってくるとは、すごいな、弘法大師のおじさんは…。

3分登って少し休憩、このペースでじわじわ登っていく。こりゃ昼前の到着は厳しいかな。そんなことを考えていると上の方から声がした。

『あんちゃん、はやいな!おれはもうだめだけん!』

さっきのおやじだ。そりゃあれだけ高速で下りたらねえ…。

その後もじわじわ、じわじわ山を登りようやく12番札所焼山寺に到着。時計を見ると11時半ちょっと前。およそ5時間ほどで着いたから僕は健脚の部類にはいるのかしら?

あまりに早く着いてしまったので、宿坊の人に事情を話す。すると、

『さっさと先にいきなさい!キャンセル料はいらんけん!』

といわれる。

ホントにいいのかなあ?自分のところの儲けが減るんだよ。

でもここは、宿坊の方の親切に甘えさせていただこう。

さっそく、麓の民宿を予約し山を下りる。きれいな川沿いの道をとぼとぼ歩き、夕方5時前に到着。

ここは神山温泉という温泉地。疲れをいやすために早速公共浴場へと向かった。

普通のお湯とは違って妙にヌルヌルする不思議なお湯につかっていると、どこからか声が聞こえた。

『あんちゃん!無事だったのけ!』

ああ、さっきのおやじだ…。それはこっちのセリフだなあ…。

本日の行程

11番 → ひたすら山道 →12番 → 神山温泉泊

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3日目 高速ばあさん

2004年3月2日

今日も朝早くから歩き始め、9時前には8番札所熊谷寺を打つことに成功する。

四国遍路用語として『打つ』という言葉がある。お寺にお参りすること、という意味なんだけれど、はて、なぜに『打つ』なのかしら?そう思っていたところ、昨晩の宿で同じ部屋だったおじさんが教えてくれた。

「江戸時代ぐらいに四国遍路がとても流行った時があってね、その時お参りした人たちは、自分が訪れた証として、自分の名前や出身地が書かれた木の札を境内の柱とかに打ちつけたんだ。じゃけん、お参りすることを『打つ』っていうんだな。」

へ~、それは知らなんだ。だからお寺のことを『札所』っていうのね。

ちなみにこの風習はのちに消え、代わりにお遍路さんはお札を柱とかに貼るようになったらしい。理由はわかんないけど、たぶん住職がキレたんじゃないかなあ。そりゃ朝起きて境内見回したらいたるところにかまぼこの板みたいなのが打ち込まれてたらいやだもんね。まあいいんだけど。

ちなみに、このことを教えてくれたおじさん、広島から来て2ヶ月ほどかけて歩いて四国を1周する予定だそう。歴史や宗教のことに詳しく、色々なことを話してくれた。そして、僕がタオルを一枚しか持っていない貧乏学生だということを知ると、わざわざ自分の持ってきた手拭いをくれた。そしてどうでもいいけど、阪神タ○ガースの4番、金○選手に顔が似ていた。

さて、9番札所法輪寺を打ち終え、のどかな田舎道を10番札所切幡寺目指して歩く。今日はとてもよく晴れており、ぽかぽかしてとても気持ちがよかった。

そういえば今日は僕が高校を卒業してから丸1年たつ記念すべき、でもないけどとにかくそんな日。まさか1年後に四国のあぜ道をでっかいリュックしょって歩いているとはねえ…。

そんな感慨にふけりながら歩く僕の横を何者かが抜いて行った。かなり小さなおばあさんだった。白い白衣は着ているが、荷物を持っていないところを見ると地元の人かな?それにしても、このばあさんが歩くのめっちゃ速い。あっという間に差をつけられてしまう。

う~む、これは屈辱だ。

僕はかなりの早歩きでばあさんを抜き返してやった。よしこれでいい。

しかし、しばらくするとこのばあさん、再び高速で歩き出し僕を抜き返す。ばあさん相当な負けず嫌いと見える。

しかし、僕も負けず嫌い度では負けない。こちらも高速で歩いて再び抜き返す。

ふふん♪どうだばあさん。10代の若者の力をなめるなy

三たびばあさんに抜かされる。

…。

結局、このばあさんとのデットヒートを繰り返した僕は、予定よりもだいぶ早く10番札所の山門に到着。2人ともふらふら。あーなにしてんだろ、俺…。

高速ばあさんのおかげで予定が早まってしまったため、11番へ向かう途中のうどん屋さんでゆっくりとお昼休憩。不思議なことに、10番札所についてからあのばあさんはどこかへ行ってしまい、その後1度も目撃することはなかった。おばけだったのかしら?もしそうだとしたら、えらく負けず嫌いなおばけだな…。

午後は11番札所までの道のり、およそ10キロをゆっくりと歩く。

その途中、吉野川を渡るところで欄干のないなんとも奇妙な橋を見つけた。

「潜水橋といって、洪水のときでも欄干がないおかげで流されることがないんだ。」と、10番札所で合流した広島の金本兄貴が教えてくれた。

この吉野川は昔から暴れ川として有名だったそうな。

そういえば、出発前に読んだ他の人の「お遍路体験記」にもこの橋のことが載っていて、その人は、

『没しても流されない…。なんか心にじんと響いてくるではないか…』

などと素晴らしいことを書かれてらしたが、僕はいうと、

「欄干ないんじゃ車とか落ちちゃったりしないのかなあ」

「高所恐怖症だし歩くときにこわいなあ、いやだなあ」

精々このくらいのことしか思いつかない。ああ、なんと感受性のないやつ…。

本日の行程

7番宿坊→8番→9番→10番→11番門前の宿「ふじや旅館」

合計21キロ

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2日目 お姉さんのお接待

2004年3月1日

朝8時、2番札所極楽寺を出発。昨日はここの宿坊に泊まったのだ。記念すべき宿坊初体験だったが、部屋も普通の個室で、ご飯も普通、とちょっと拍子抜けしてしまったのだが…。しかしさすがは宿坊!朝はめちゃくちゃ早く5時半ごろには起こされ、朝のお勤めにしっかりと参加させられてしまった。

眠い目をこすりながら3番札所金泉寺の山門をくぐると、おや、先客がいるぞ…。

『オハヨウゴザイマス。ハヤイデスネ!』

なんだ。誰かと思ったら、昨日の宿で一緒だったアメリカ人遍路・サイモンじゃないか。彼は日本の文化、宗教に興味があり日本へ留学。そのままおとなしく大学で勉強してればいいものの、たまたま訪れた高野山に感銘を受け即ざに出家。修行もかねて四国をまわっているそうだ。

『日本ノ文化オモシロイネ!ハハハハ!』

しかし出家までするってあんたねえ…。まあいいけど。

そんなサイモンをおいて4番札所大日寺へとむかう。言い忘れたけど、サイモン、箸の使い方めっちゃうまい。

4番札所まではおよそ4キロほどと地図に書いてあった。しかし、いつまでたってもつく気配がない。

あれえ、おかしいな。立て看板の方へ歩いていったんだけどなあ…。

ちなみに巡礼路にはボランティアの方や地元の方々が設置してくれた案内板が設置されている。そして歩き遍路専用の詳細な地図も僕は持っている。迷うはずないんだけれど…。

1時間以上たっても、僕はまだ歩き続けていた。その頃には、手持ちの地図は完全に意味をなしていなかった。

どない無理な話なんだよ。大学のキャンパスの中でさえ迷うんだぜ。ああ四国なんか来ないで北海道でもいけばよかったわ。

初日から愚痴満載。飽きっぽい男である。

そんな愚痴っぽい男をみて、弘法大師さんは手を差し伸べてくれるのではなく、ご親切にも雨を降らせてくれた。これが四国遍路だ!どうだまいったか!とでもいいたいのかしら。

ありがとうございます。あなたのおかげで僕はずぶぬれです。

結局、2時間迷い続けた末に僕は4番札所大日寺へとたどり着いた。その山門をくぐったところで一人の女性に声をかけられた。

『お参りご苦労様です。頑張ってくださいね!』

そういうと彼女は、お菓子と飲み物の入った袋を僕にくれた。

「!?」

突然のことでどうしていいか分からず、僕は一言「あ、ありがとうございます…」とだけいってその場を離れてしまった。

これが噂のお接待か…。

出発前よんだ本に書かれていたっけ。

『四国には住民がお遍路さんにお金や食べ物などをわたすお接待という風習が現在でも生き続いているんですよ』

って。

いきなりの出来事で戸惑ってしまったものの、日常生活では味わうことのできない不思議な体験をした僕の気分は最高潮。

ふと空を見上げるとこの旅はじめての青空。まるでこの空は僕の心をあらわしていr…やめておこう。調子に乗って変なこと書くとまた弘法大師さんが雨降らすから。

お姉さんのお接待のおかげでやる気が出てきた僕は、その後5番地蔵寺、6番安楽寺と次々とクリア。結局午後は順調にすすみ、今夜の宿、7番札所十楽寺には午後4時前に到着。実質的な旅の初日を無事に乗り切ることができましたとさ。めでたしめでたし。

今日の行程

2番→3番→4番→5番→6番→7番(宿坊泊)   合計15キロくらい

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1日目 旅のはじまり

2004年2月29日

「ちょっと四国歩いてくるわ」

『あんた、死ぬ気じゃないだろうね!』

四国行きを伝えたときの親の反応である。

ちなみに、同じことを友達に言ったら、

『ははははは!ばかだ!』

と笑われた。

四国遍路の旅とは、どうや大学1年の若者が好んでいくような旅ではないらしい。

しかし来てしまったものは仕方がない。

僕は小雨の降る中、大阪からのバスを降りて徳島駅へと向かった。

ご存知の方もいるだろうが、四国遍路というのは、四国各地にある弘法大師(空海)ゆかりのお寺(札所と呼ぶ)、合計八十八か所をめぐるというなかなか壮大な巡礼の旅であり、その歴史は平安時代にまでさかのぼる(らしい)

徳島県にある1番札所霊山寺から香川県の88番札所大窪寺まで、四国をぐるっと一周する形で巡礼の道が続いており、その全長は1200キロとも1400キロとも言われている(らしいです)

旅の手段は、車や列車、はたまた観光バスまでいろいろとあるのだが、僕が選んだのは、その中でももっとも過酷と言われる『徒歩』。1400キロをトコトコとのんきに歩くのだ。

そりゃ『ばかだ!』とかいわれるよなあ。だって1400キロって大阪から東京を往復するよりも長いらしいもん。ちなみにすべて歩ききるにはおよそ50日(!)総費用は50万ほど(!!)かかるそうで…。

そんなわけで、お金も根性もない僕は、今回は10日かけて徳島県内の札所だけをめぐる予定でいた。まあそれでも180キロぐらいあるそうだから、歩き切れるかどうかわかんないけども。

徳島駅で高徳線に乗り、30分ほどいった板東駅で下車。そこから歩いて10分ほどで1番札所霊山寺についた。

どうでもいいけど、バス降りてから高徳線という列車にのるまで2時間以上まったぞ…。しかもワンマン列車って初めてでのりかたわからんかったし。おかげで、大阪を朝早くに出たにもかかわらず、1番札所についた時にはもう3時近かった。

休日ということもあり境内には白い白衣をまとったお遍路さんであふれていたが、当然若い人はみあたらず。まあしかたない。とりあえず見よう見まねで白衣、菅笠、杖などお遍路用具を買い揃え着てみる。

うむ、はずかしい。

この格好で四国一周しろってのは拷問にちかいなあ。

そんな気持ちを抱きながらも、僕はお参りを済ませ、『納経帳』に朱印をおしてもらう。これからは札所ごとで朱印をもらいながら旅を進めていくことになる。

果たして88番目の朱印を押してもらえるのはいつになるのだろう。

そんなことを考えながら、僕は山門をでて歩き始めた。こんな風にして僕の長い旅は始まったのでした。

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はじめに

2004年と2005年。

僕は巡礼の旅にでました。

大学生活で最初にして最大の旅。

これはその記録です。

注意すること

・結構な長編ですので気長におまちください。

・基本面白くないので、飽きてきても文句を言わない。

・旅の間に記した日記に加筆していく形なので基本的に愚痴が多いです。

・なので、他の方の四国遍路体験記とは違った雰囲気になりますが文句を言わない。

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